「監督署が来る」という話は、どこか他人事に聞こえるかもしれません。大きな工場や、ニュースになるような会社の話だろう——そう感じている方も多いと思います。
ところが、厚生労働省が2026年9月15日に公表した令和7年度の監督指導結果を開いてみると、そこに並んでいたのは、むしろ従業員数十人規模の、ごく普通の職場の姿でした。今回は、この公表資料を材料に、数字の読み方と、この秋に何を整えておけばよいのかを一緒に考えてみたいと思います。
まず、全体像を押さえる
この監督指導は、毎年テーマを決めて行われているものの一つです。対象になるのは、各種の情報から時間外・休日労働が1か月あたり80時間を超えていると考えられる事業場や、過労死等にかかる労災請求が行われた事業場など、いわば「長時間労働が疑われる」ところ。無作為に選ばれているわけではありません。ここは数字を読むうえで大切な前提です。
令和7年4月から令和8年3月までの1年間で、29,150事業場に監督指導が行われました。そのうち22,882事業場(78.5%)で労働基準関係法令の違反が確認され、是正勧告書が交付されています。主な中身は、違法な時間外労働があったものが11,228事業場(38.5%)、賃金不払残業があったものが1,901事業場(6.5%)、そして過重労働による健康障害防止措置が未実施のものが5,919事業場(20.3%)でした。
違法な時間外労働が確認された事業場で、最も長く働いていた人の時間数を見ると、4,991事業場で月80時間を超え、そのうち2,842事業場で月100時間を超え、554事業場で月150時間を、111事業場では月200時間を超えていました。月200時間というのは、所定労働時間とは別に、もう一人分以上働いている計算になります。
一方で、前年度と比べると数字は少しずつ動いています。法令違反があった割合は81.1%から78.5%へ、違法な時間外労働があった割合は42.4%から38.5%へ、月80時間を超えていた事業場は5,464から4,991へと減りました。劇的とは言えませんが、現場の努力が確実に数字に表れているとは言えそうです。
「8割が50人未満」——この内訳が示すもの
今回あらためて注目したいのが、事業場の規模別の内訳です。監督指導を受けた29,150事業場を規模で分けると、10〜29人が42.0%と最も多く、次いで1〜9人が23.4%、30〜49人が15.5%。つまり50人未満の事業場が、合わせて約8割を占めていました。
ただし、これを「長時間労働は小さな会社の問題だ」と読むのは、少し急ぎすぎです。同じ資料には企業規模別の内訳も載っていて、そちらは300人以上の企業が22.6%と、決して小さくない割合を占めています。両方を並べて見えてくるのは、会社の大きさにかかわらず、長時間労働は「小さな事業場・小さな現場」で起きているという構図です。本社は大きくても、支店や営業所、工事現場といった一つひとつの単位は小さい。そこに仕事が集中したとき、しわ寄せが個人に出る、ということだと思います。
ここで思い出しておきたいのが、労働安全衛生法上の多くの仕組みが「50人」を境にしていることです。産業医の選任も、衛生委員会の設置も、ストレスチェックの実施義務も、常時50人以上の労働者を使用する事業場が対象。監督指導を受けた事業場の約8割は、その仕組みが義務としては備わっていない規模だったことになります。制度の手当てが薄いところに、長時間労働が集まりやすい——そう考えると、この内訳はかなり重い事実です。
是正勧告だけではない、「指導票」の中身
今回の資料でもう一つ読みごたえがあるのは、法違反ではないけれど改善が必要として「指導票」が交付された分です。これは罰則の話ではなく、「このままだと危ないですよ」という予防的な指導にあたります。
過重労働による健康障害防止措置が不十分だとして改善を指導されたのは、12,811事業場(43.9%)。つまり監督指導を受けた事業場の4割以上が、何らかの宿題を持ち帰ったことになります。その中身を見ると、時間外・休日労働を月80時間以内に削減するよう指導されたのが6,717事業場、月45時間以内への削減を指導されたのが5,990事業場でした。
注目したいのは、時間の削減以外の項目です。長時間労働をした労働者に対する医師の面接指導等を実施するよう指導されたのが2,167事業場、面接指導の申出が適切に行われるための仕組みづくりを指導されたのが575事業場。そして長時間労働による健康障害の防止対策について、調査審議や意見聴取を行うよう指導されたのが1,509事業場ありました。
この「調査審議・意見聴取」の指導は、50人未満の事業場にも及びます。資料の注記によれば、常時50人以上の事業場では衛生委員会で調査審議を行うこと、常時50人未満の事業場では、労働安全衛生規則第23条の2に基づく「関係労働者の意見を聴くための機会」を利用して、働く人の意見を聴くことが指導の対象とされています。衛生委員会がない会社にも、「働く人の声を聴く場」は求められている——ここは見落とされがちな点ではないでしょうか。
労働時間を「どう把握しているか」も見られている
もう一つの柱が、労働時間の把握方法です。令和7年度は4,045事業場(13.9%)が、把握の方法が不適正であるとして、厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」に適合するよう指導を受けました。
指導の内訳で最も多かったのは、始業・終業時刻の確認と記録そのものについての指導で2,620事業場。次いで自己申告制をとっている場合に、実態調査を行うよう指導されたのが1,465事業場でした。実際、監督指導を受けた事業場のうち6,517事業場が自己申告制で労働時間を確認していました(タイムカードを基礎にしていたのは10,498事業場)。
自己申告制そのものが禁じられているわけではありません。ただ、自己申告制をとる場合には、説明を尽くすこと、実態と合っているかを必要に応じて調査すること、適正な申告を妨げる要因を取り除くことがガイドラインで求められています。「残業は45時間までしかつけられない空気がある」という状態は、まさにこの「適正な申告の阻害要因」にあたります。記録が実態と合っていなければ、健康管理の出発点そのものが崩れてしまう、ということです。
11月は「過重労働解消キャンペーン」
厚生労働省は今回の公表にあわせて、11月の「過重労働解消キャンペーン」期間中に重点的な監督指導を行うことも明らかにしています。毎年11月に実施されている取り組みで、重点監督のほか、電話相談窓口の開設や周知啓発が行われます。
ここで申し上げたいのは、「監督署が来るから慌てて対策を」ということではありません。むしろ逆で、年に一度、自社の労働時間を点検する「きっかけの月」として使ってしまうのが得だと思うのです。カレンダーに区切りがあると、後回しにしていたことが動きます。
この秋、小さな会社ができる三つのこと
専任の労務担当者がいない会社でも、今月から始められることがあります。
第一に、直近3か月で、最も長く働いた人の時間数を実際に数えてみることです。平均ではなく、一人の最長を見ます。監督指導で確認されているのも、まさにこの「最長の人」の時間数です。月45時間を超えた月があるか、80時間を超えた人はいないか。数えてみて初めて気づく、ということは珍しくありません。
第二に、月80時間を超えた人が申し出たときの道筋を、先に決めておくことです。労働安全衛生法では、月80時間を超える時間外・休日労働を行い、疲労の蓄積が認められる労働者から申出があったときは、医師による面接指導を行わなければならないとされています。加えて、そもそも月80時間を超えた本人に、その時間数を知らせることも事業者の義務です。産業医がいない50人未満の会社は、地域産業保健センター(地域窓口)で、長時間労働者への医師の面接指導を無料で受けられます。「どこに頼むか」を先に調べておくだけで、いざというときの動きがまったく変わります。
第三に、36協定の特別条項を、いま一度読み直すことです。公表資料に載っている監督指導の事例でも、特別条項で定めた上限時間を超えていたことが是正勧告の理由になっています。何時間と書いたかを覚えている経営者は、意外と多くありません。協定書を引き出しから出して、実際の残業時間と並べてみる。これだけで、点検の大半は終わります。
健康経営の取り組みと、地続きです
長時間労働の是正は、法令対応の話であると同時に、健康経営そのものでもあります。健康経営優良法人の認定要件にも、働き方改革やワークライフバランスに関する項目が含まれていますし、そもそも労働時間が把握できていなければ、健康施策の効果を測ることもできません。
制度面でも、この数年で足場が変わりつつあります。ストレスチェックは2028年4月までに50人未満の事業場にも義務化され、治療と就業の両立支援はこの4月から努力義務になりました。50人未満だから関係ない、という領域は年々狭くなっています。
なお、健康経営優良法人2027(中小規模法人部門)の申請締切は10月16日の17時です。今年の申請を検討されている会社は、労働時間の把握状況の確認を、申請準備とあわせて進めてしまうのが効率的だと思います。
おわりに
78.5%という違反率の数字だけを見ると、身構えてしまうかもしれません。けれど、この調査の対象が「長時間労働が疑われる事業場」であることを思えば、これは全国の職場の平均ではなく、「危ないところを狙って見に行った結果」です。そして、その多くが悪意ではなく、人手が足りない、記録の仕組みが追いついていない、という事情から生じていることも、事例を読むと伝わってきます。
公表資料で紹介されている改善事例も、特別なことをしたわけではありませんでした。人員を増やし、始業・終業時刻をスマートフォンから入力できるようにして、あと何時間で上限に達するかをその場で確認できるようにした。それだけで、3か月後には労働時間の把握ができるようになり、残業も大きく減ったと記されています。見えるようにすることから、改善は始まるのだと思います。
「うちの勤怠の付け方で大丈夫だろうか」「36協定をどう見直せばいいか分からない」——そんな段階のご相談も歓迎です。お問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。働く人の時間を大切にする会社を、私たちも応援しています。
本稿の内容は執筆時点の公開情報に基づきます。数値は厚生労働省「長時間労働が疑われる事業場に対する令和7年度の監督指導結果」(2026年9月15日公表。対象期間は令和7年4月〜令和8年3月)によるものです。健康経営優良法人2027の申請期間は経済産業省および「ACTION!健康経営」ポータルサイトの公表内容に基づきます。個別の対応にあたっては、所轄の労働基準監督署、都道府県労働局、または各都道府県の産業保健総合支援センター・地域産業保健センターにご確認ください。
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