ある日、介護保険の窓口に一本の電話が入ります。「父が家を出たまま、もう何年も戻っていません。それなのに、父あての介護保険料の納付書が毎年届きます。これは払い続けなければいけないのでしょうか」。担当者として、すぐに答えられるでしょうか。

こうした相談は、決してめずらしいものではなくなっています。警察庁の公表によれば、2025年に届出のあった認知症の行方不明者は約1万7千人。その多くは早い段階で所在が確認されていますが、見つからないまま時間が過ぎていく方も確かにいます。そして残された家族のもとには、行政からの郵便が変わらず届き続けます。

この問題について、厚生労働省は2026年9月8日、介護保険最新情報Vol.1541「行方不明者の被保険者資格の喪失手続及び介護保険料の減免・返還に係る取扱いについて」を発出しました。これまで個別の疑義照会への回答として示されてきた考え方を、はじめて一枚の事務連絡にまとめたものです。保険者の実務に直結する内容なので、要点を整理しておきます。

きっかけは、家族からの行政相談

この事務連絡の冒頭には、発出の経緯がはっきり書かれています。総務省近畿管区行政評価局が、行方不明者の家族から寄せられた介護保険料の支払いに関する行政相談などを端緒に、行方不明となった被保険者の資格喪失処理や保険料の賦課の状況を調べ、その結果を厚生労働省に提供した。それを受けての整理です。

つまり出発点は、制度の見直し議論ではなく、困っている家族の声でした。自治体ごとに扱いがばらついていた、あるいは窓口で答えに詰まる場面があった——そう読み取ることもできます。宛先は都道府県で、管内保険者への周知徹底が依頼され、発出日以後はこの内容を踏まえた対応が求められています。

資格喪失の考え方——住民票の消除と連動させる

まず前提から確認します。介護保険法第9条第1号で、第1号被保険者は「市町村の区域内に住所を有する65歳以上の者」とされ、第11条第1項で住所を有しなくなった日の翌日に資格を喪失すると定められています。

そのうえで事務連絡は、第1号被保険者が行方不明になった場合には、原則として住民基本台帳の担当課などと連携し、行方不明が確認されて住民票が消除されたことをもって資格を喪失させることが考えられる、としています。介護保険の部署だけで「この人はもう住んでいない」と判断するのではなく、住民記録の側の手続と足並みをそろえるという整理です。

ただ、ここに実務上の難しさがあります。住民票の消除は、居住の実態を調べたうえで進める手続であり、結論が出るまでに長い時間がかかることがある。その間も、保険料の賦課は続いていきます。事務連絡が次に示しているのは、この「待っている間」の扱いです。

待つ間は減免できる。全額免除も差し支えない

事務連絡は、住民票の消除が長期に及ぶ可能性があることから、行方不明者の家族の負担に鑑み、介護保険法第142条の減免の枠組みの中で、行方不明者に係る保険料を減免して差し支えないとしました。さらに踏み込んで、全額免除としても差し支えないと明記しています。

全額免除でよいとされた理由も、筋が通っています。後で説明するとおり、失踪宣告などによって本人が過去にさかのぼって死亡したとみなされた場合、その日の翌日以降に賦課した保険料は保険者の不当利得となり、返還しなければならなくなります。どうせ後から返すことになるかもしれない保険料を、家族に払わせ続ける意味は乏しい——そういう考え方です。

減免を申請してもらう際の添付書類についても例が挙がっています。警察が発行した行方不明者届の受理に係る証明書類、または公的年金の支給停止が行われていることを証明する書類などです。事務連絡は各市町村に対し、これらを踏まえて必要に応じて行方不明の場合の減免について検討されたいと求めています。言い換えれば、減免の根拠となる規定や要綱をどう整えるかは、それぞれの保険者に委ねられているということです。

失踪宣告で遡って資格を失ったとき——返還と時効の起算日

事務連絡のもう一つの柱が、保険料の返還です。家庭裁判所の失踪宣告などによって、被保険者が過去のある時点で死亡していたとみなされ、住民票の消除により資格を遡って喪失した場合、その死亡したとみなされる日の翌日以降の期間に係る保険料の賦課決定は無効と解される、とされました。

その結果、その期間については保険料を納める義務がそもそもなかったことになり、市町村が保険料として受け取っていたお金は民法上の不当利得として返還義務が生じます。そして実務上いちばん迷いやすい点についても、答えが示されました。返還義務に係る時効の起算日は、失踪宣告が確定した日とするのが適当とされています。

失踪宣告は、生死不明の状態が長く続いた後に家族が申し立てて行われるものです。宣告によって死亡とみなされる時点は、宣告が確定する日よりずっと前になることがあります。起算日を「確定した日」とすることで、何年も前の保険料であっても、宣告の確定後であれば返還の対象になりうる。この点は、還付の事務を担う部署とも共有しておきたいところです。

窓口で、いまから整えておきたいこと

この事務連絡を受けて、保険者として準備しておけることは大きく三つあると考えます。

ひとつめは、減免の規定を確かめることです。条例や規則、減免の取扱要綱に、行方不明の場合を読み込める条項があるかどうか。なければ、どの規定で対応するのか、あるいは改正を検討するのか。全額免除まで可能とされた以上、減免割合をどう定めるかも含めて、判断の筋道を持っておく必要があります。

ふたつめは、住民基本台帳の担当課との連携の段取りです。行方不明の相談を受けたとき、住民記録の側で実態調査がどう進んでいるかを確認できる経路があるか。住民票が消除されたとき、それが介護保険の資格喪失処理に確実につながるか。部署をまたいだ情報の受け渡しの手順を、一度文字にしておくだけでも、担当者が替わったときに役立ちます。

みっつめは、相談を受けたときの説明の用意です。家族は、保険料のことだけで窓口に来るわけではありません。行方がわからない不安のなかで、行政の手続に向き合っています。減免という選択肢があること、どんな書類が必要になりうるか、将来失踪宣告があった場合に返還の可能性があること——その場で伝えられることを、簡単な案内文にまとめておくと、窓口の対応はぐっと落ち着いたものになります。

あわせて、こうした相談は認知症施策や見守りの取組と地続きでもあります。行方不明の発生を防ぎ、早く見つける仕組みについては、認知症施策推進計画と第10期の位置づけの記事でも触れています。保険料の扱いという「その後」の手続と、発生を防ぐ「その前」の取組を、同じ地域の課題として眺めてみるのもよいと思います。

おわりに

行方不明者の保険料という論点は、件数だけを見れば決して多くはないかもしれません。それでも、ひとつひとつの相談の向こうには、答えの出ない不安を抱えた家族がいます。今回の事務連絡は、そうした家族の声が行政相談を通じて国に届き、全国の取扱いとして形になったものです。

「払い続けなくてもよい道がありますよ」と窓口で落ち着いて伝えられること。それは制度の細かな運用の話であると同時に、住民が行政を信頼できるかどうかを左右する場面でもあります。この秋のうちに、自団体の規定と庁内の段取りを一度見直してみてはいかがでしょうか。私たちも、地域を支えるみなさんを応援しています。

本稿の内容は執筆時点の公開情報に基づきます。取扱いの内容は介護保険最新情報Vol.1541(2026年9月8日、厚生労働省老健局介護保険計画課事務連絡「行方不明者の被保険者資格の喪失手続及び介護保険料の減免・返還に係る取扱いについて」)、認知症の行方不明者数は警察庁「令和7年における行方不明者届受理等の状況」に関する報道によります。個別の事案への当てはめや減免の規定の整備にあたっては、事務連絡の原文をご確認のうえ、都道府県の担当課や庁内の法務担当とご相談ください。

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