この4月から、高年齢の従業員に配慮した安全対策が、すべての事業者の努力義務になりました。改正労働安全衛生法が2026年4月1日に施行されたことによるもので、規模の大小を問わず対象になります。とはいえ「努力義務と言われても、何をどこまでやればいいのか」「設備を入れるお金はどこから出すのか」というのが、多くの中小企業の率直なところではないでしょうか。この記事では、いま動けば秋のうちに間に合うという一点に絞って、制度と費用の話を整理します。
2026年4月から何が変わったのか
改正のポイントは、事業者が高年齢労働者の特性に配慮した作業環境の改善や作業管理などの措置を講ずるよう努めなければならない、という規定が置かれたことです。努力義務ですから、直ちに罰則が科されるものではありません。しかし「努めていない」状態が放置されているところで実際に事故が起きれば、安全配慮義務をめぐる話は当然に重くなります。形式上の義務の軽さと、実務上の重さは別物だと考えておいた方が安全です。
背景にあるのは数字です。厚生労働省が公表した令和6年の労働災害発生状況によれば、休業4日以上の死傷者のうち60歳以上が占める割合は30.0%に達しました。3人に1人が高年齢の方という水準です。しかも中身を見ると、危険な機械に巻き込まれるような災害よりも、「転倒」や「墜落・転落」といった、ごく日常的な動作の中で起きるものが目立ちます。同じ職場、同じ作業でも、加齢による視力や筋力、平衡感覚の変化によってリスクの現れ方が変わる——改正はそこを見ています。
裏を返せば、求められている対応は大がかりな工事ばかりではありません。段差の解消、手すりの設置、足元の照度を上げる、滑りにくい床材に変えるといった、地味だけれど効くものが中心です。作業手順を見直して重量物の扱いを減らす、休憩の取り方を変える、といった運用の工夫も立派な措置に含まれます。
費用を支える「エイジフレンドリー補助金」
とはいえ、床材の張り替えも照明の入れ替えも、ただではできません。ここで使えるのが厚生労働省のエイジフレンドリー補助金(正式名称は高年齢労働者の安全衛生確保対策補助金)です。2020年度に創設され、中小企業が高年齢の従業員のために職場環境を整える費用の一部を国が補助してくれます。
令和8年度の受付期間は、厚生労働省の案内によれば令和8年5月20日から10月31日まで。年度の後半にさしかかった今も、まだ扉は開いています。コースは「専門家総合対策コース」「熱中症対策コース」「コラボヘルスコース」の3つで構成されており、上限額は前の2つが100万円、コラボヘルスコースが30万円と案内されています。補助率はコースや対象経費によって異なりますので、金額の見込みを立てる際は必ず公式のリーフレットで確認してください。
ひとつ締切が先に来るものがあります。専門家総合対策コースは、外部の専門家にリスクアセスメント(職場の危険の洗い出し)をしてもらう第1段階と、その結果に基づいて設備を入れる第2段階に分かれており、第1段階の申請期限は8月31日と案内されています。このコースを検討しているなら、残された時間はもうわずかです。
もうひとつ、注意しておきたい実務上の落とし穴があります。この種の補助金は予算額に達した時点で、受付期間の途中でも締め切られることがあると案内されています。「10月31日まで大丈夫」と構えていると、9月に窓が閉まっている可能性がある、ということです。締切日ではなく、動ける日から逆算するのが正解です。
「コラボヘルスコース」は健康経営と地続き
3つのコースのうち、健康経営に取り組む会社にとって特に相性がいいのがコラボヘルスコースです。コラボヘルスとは、会社と、健康保険組合や協会けんぽといった保険者とが手を組んで従業員の健康づくりを進めるという考え方を指します。
このコースは、健康診断や体力チェックによって従業員の健康・体力の状態を客観的に把握し、その結果に応じて適した業務へ配置する、あるいは体力向上の取り組みを行う——といった活動が対象になると案内されています。特徴的なのは、他のコースと違って60歳以上の従業員がいることを要件としない点です。若い従業員が中心の会社でも検討の余地があります。
申請にあたっては、保険者が発行する健康スコアリングレポートや事業所カルテの写しを求められると案内されています。これらは加入している保険者から提供される資料ですので、心当たりがなければ、まずは保険者に問い合わせるところからです。ここで一手間かかることを見込んでおくと、スケジュールが崩れません。
なお、複数のコースを併用して申請することはできず、申請は1年度に1回までとされています。「どれも当てはまりそう」という場合は、自社にとって効果と金額が最も大きいものを選ぶ必要があります。
健康経営優良法人2027の申請と、同じ秋に重なる
ここが今回いちばんお伝えしたいところです。健康経営優良法人2027の申請受付は2026年8月17日に始まり、中小規模法人部門の締切は10月16日と案内されています。エイジフレンドリー補助金の10月31日と、ほとんど同じ季節に並んでいます。
そして、この二つは中身の面でもつながっています。健康経営優良法人の中小規模法人部門では、認定要件の選択項目に「高年齢従業員の健康や体力の状況に応じた取り組み」が含まれています。つまり、補助金を使って進めた高年齢従業員向けの職場改善や体力チェックは、そのまま認定申請で書ける材料になるということです。
担当者が一人か二人しかいない中小企業にとって、秋に二つの締切が並ぶのは正直しんどい話です。ただ、別々の宿題として構えるのではなく、「高年齢の従業員が安全に、健康に働ける状態をつくる」という一つの取り組みの、二つの出口と捉え直すと、必要な作業量はぐっと減ります。同じ健診データ、同じ職場の点検結果を、二つの書類に使い回せるからです。
逆に言えば、どちらも今年は見送るという判断もあり得ます。保険者の健康宣言事業への参加が済んでいないなど、前提が整っていない場合は、今年を準備の年と割り切って来年の認定を狙う方が、結果的に実のある取り組みになることも少なくありません。急いで形だけ整えても、運用が続かなければ意味がないからです。
今日のうちにできること
最後に、今日中に終わる確認事項を3つだけ挙げます。ひとつ目は、自社に60歳以上の従業員が何人いて、どの作業に就いているかを書き出すこと。これは補助金の要件確認にも、認定申請にも、そもそもの安全対策にも全部つながります。
ふたつ目は、加入している保険者がどこかを確認し、健康スコアリングレポートや事業所カルテを受け取っているかを調べること。届いていても開封されないままファイルに眠っている、というのはよくある話です。
みっつ目は、厚生労働省のエイジフレンドリー補助金のページで、今年度の受付が続いているかを見ておくこと。予算による早期終了があり得る以上、ここは自分の目で確かめておく価値があります。
おわりに
高年齢の従業員に配慮した職場をつくる、というのは、実のところ全員にとって働きやすい職場をつくることとほぼ同じです。段差がなく、足元が明るく、無理な姿勢を強いられない現場は、20代にとっても安全です。努力義務化はその方向への後押しであって、余計な負担を増やすためのものではないはずです。
そして、人手の確保がますます難しくなるなかで、長く働いてもらえる環境を持っている会社の強みは、これから確実に大きくなります。補助金という追い風が吹いているうちに、一歩だけでも前に進めておきませんか。まずは自社の状況を書き出すところから。健康経営優良法人2027の申請用IDの話や、健康経営のはじめの一歩も合わせてご覧ください。
本稿の内容は執筆時点(2026年8月17日)の公開情報に基づきます。エイジフレンドリー補助金の申請期間・コース内容・補助率・上限額および健康経営優良法人2027の申請スケジュールと認定要件は変更される場合がありますので、厚生労働省および各事務局の公表資料を必ずご確認ください。補助金の採択や認定の取得を保証するものではありません。
← コラム一覧へ戻る