長年、身体に合わせて作った車いすを使ってきた方が65歳を迎え、要介護認定を受けた。ケアマネジャーが「車いすは介護保険の貸与で」とプランを組みかけたところで、ご本人が戸惑います。「今の車いすでないと、座っていられないんです」。こうした場面で、介護保険の窓口はどこまで気を配れているでしょうか。
この論点について、厚生労働省は2026年9月10日、介護保険最新情報Vol.1542「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく補装具費支給制度と介護保険制度の適用関係等について」を発出しました。障害保健福祉部の自立支援振興室と老健局の高齢者支援課の連名の事務連絡で、宛先は都道府県の障害保健福祉と介護保険の両方の主管部局です。新しいルールを作ったものではありませんが、現場の運用のすき間を、国が調査したうえで改めて指摘したという点で、保険者として読んでおきたい内容です。
前提となる考え方——介護保険優先と、その例外
まず、もともとの取扱いを確認します。障害者総合支援法の補装具と、介護保険で貸与される福祉用具には、車いす、歩行器、歩行補助つえのように同じ品目があります。この重なりについては、平成19年3月の通知で、介護保険の保険給付が優先されると示されてきました。いわゆる介護保険優先の原則です。
ただし、同じ通知には大事な但し書きがあります。介護保険で貸与される車いすなどは標準的な既製品の中から選ぶことになるため、医師や身体障害者更生相談所などが、身体の状況に個別に対応する必要があると判断した障害者については、補装具費として支給して差し支えない、とされています。今回の事務連絡は、この例外にあたる人を、オーダーメイドなどで個別に製作する必要がある障害者と言い換えて説明しています。
つまり、「65歳になったら介護保険に切り替わる」で終わる話ではありません。介護保険の被保険者であっても、補装具費支給制度を使える場合がある。この一文が、今回の事務連絡全体を貫く軸になっています。
国の調査で見えた、3つのすき間
事務連絡によれば、国は一部の地方公共団体を対象に、身体障害者手帳を持つ介護保険の被保険者から、補装具と福祉用具が重なる品目の利用について相談があったときの対応方針を調べました。そこで確認された事例として、次の三つが挙げられています。
ひとつめは、相談者が介護保険の被保険者になる前に補装具を使っていたかどうかを、自治体が確認していないことです。ふたつめは、問い合わせがあった場合にだけ、介護保険優先の原則(補装具費を使える場合があることも含めて)を説明していることです。みっつめは、ケアプランを作る過程でケアマネジャーや福祉用具専門相談員が補装具のほうが適切だと考えたときに、介護保険と障害福祉のどちらの担当に相談すればよいかなどを、事業者に示していないことです。
どれも、誰かが怠けているという話ではないと思います。制度の境目に立つ相談は、どちらの部署にとっても「自分の制度の外側」に見えやすい。だからこそ、確認や説明が「聞かれたら答える」にとどまりがちになる。国の指摘は、そのすき間を言葉にしたものと受け止めるのがよさそうです。
事務連絡が求めていること——確認する、説明する、共有する
こうした実態を踏まえ、事務連絡は留意事項を三つに整理しています。
第一に、以前の補装具の利用実績を確かめることです。どちらを使うかを最終的に決めるのは相談者本人ですが、介護保険の部署に相談があった場合でも、介護保険の被保険者になる前に補装具を使っていたかを確認することは、その人が引き続き補装具の利用が適した人である可能性に気づくきっかけになり、重要だとされています。
第二に、本人に、両方の選択肢があると知ってもらうことです。障害福祉の対象だった人が介護保険の被保険者になったとき、あるいはその逆のとき、要件を満たせば補装具と福祉用具のどちらも利用できることを本人に認識してもらったうえで判断してもらうために、介護保険優先の原則についての説明を行うことも重要だ、とされています。ここでの説明には、補装具費を使える場合がある旨が含まれている点がポイントです。
第三に、ケアプランの過程で情報を共有することです。重なる品目の相談や選定にあたっては、本人の身体の状況や利用の意向などを、ケアマネジャーや福祉用具専門相談員といった関係職種の間で共有し、検討することも求められています。
介護保険の窓口で、いまから整えておきたいこと
この事務連絡を受けて、保険者として取り組めることを三つ挙げてみます。
ひとつめは、65歳到達や認定申請のタイミングで「以前の補装具」を聞く仕組みです。申請受付や認定調査の流れのどこかで、補装具の利用歴を確かめる問いを置けないか。障害福祉の担当課と、補装具の支給歴をどう照会し合うかの段取りを決めておけば、本人に何度も同じことを聞かずに済みます。
ふたつめは、「聞かれたら答える」から「先に伝える」への切り替えです。要介護認定の結果通知や、窓口で渡す案内の中に、補装具と福祉用具が重なる品目があること、補装具費を使える場合があること、相談先はどこかを短く書き添えておく。それだけでも、ご本人や家族が「言い出しにくかった」という状況を減らせます。
みっつめは、ケアマネジャーや福祉用具事業者への相談ルートの明示です。補装具のほうが合いそうだと現場が感じたとき、まずどちらの課に、何を添えて相談すればよいのか。事業者向けの研修や集団指導、連絡文書の中で一度はっきり示しておくと、調査で指摘された三つめのすき間を埋めることにつながります。
こうした部署横断の連携は、介護保険と障害福祉の境目で暮らす人を、制度の都合で取りこぼさないための取組でもあります。第10期計画に向けて、障害福祉計画との調和や地域共生社会の観点を整理している団体も多いと思います。計画の文言の中だけでなく、窓口の一つひとつの手順にまで落とし込めているかを確かめる材料として、この事務連絡を使ってみてはいかがでしょうか。
おわりに
補装具と福祉用具の適用関係は、制度としては平成19年から示されてきた、決して新しくはない論点です。それでも今回、国があえて調査を行い、改めて留意事項をまとめたのは、原則だけが伝わり、例外が伝わりきっていない現場があったからだと読めます。
身体に合った車いすや歩行器は、その人が自分らしく座り、立ち、出かけるための土台です。65歳という年齢の区切りで、その土台が揺らがないように。介護保険の窓口が「障害福祉のことはわからない」ではなく、「以前はどうされていましたか」と一言たずねられること。その小さな一歩が、ご本人の暮らしを大きく支えます。地域を支えるみなさんの取組を、私たちも応援しています。
本稿の内容は執筆時点の公開情報に基づきます。取扱いの内容は介護保険最新情報Vol.1542(2026年9月10日、厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部企画課自立支援振興室・老健局高齢者支援課事務連絡「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく補装具費支給制度と介護保険制度の適用関係等について」)、および同事務連絡が引用する平成19年3月28日付の通知によります。個別の事案で補装具費と福祉用具のどちらが適するかは、医師や身体障害者更生相談所の判断を含めて検討されるものです。運用の見直しにあたっては原文をご確認のうえ、都道府県の担当課とご相談ください。
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